ワサビ特集

奥三河・北設楽郡東栄町でワサビを栽培

東栄町の水、山々、風土が作り出す全国から愛されるワサビ

刺身や寿司、そばには欠かせないワサビ。

主役を引き立てる名脇役で、平成25年に「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されて以降も、海外を含めより一層注目を集めています。

ワサビと言えば静岡県が産地として知られています。

ワサビにとって「水」は命で、地形や栽培条件が揃わないと栽培ができない難しい作物。

その貴重なワサビを、愛知県で唯一栽培している北設楽郡東栄町の山城ワサビ園・山城良治さん。

現在は地元だけでなく、ミシュランガイド掲載店へも出荷する程、全国から注文がきます。

山城さんは、山城ワサビ園の三代目。

山城家は、代々静岡県で有数の産地の河津でワサビを栽培していましたが、三男だったおじいさんは河津を離れワサビ栽培のできる場所を探すこととなります。

ワサビにとって大切な「より良い水」と「栽培に適した地形」を求め、情報を集めては足を運び全国を探し渡ったそう。

そのなか、ここ東栄町に辿り着いたのが約90年余前。

豊富で質の良い水と起伏を生かした地形・気候がワサビ栽培に適していたことから、山城家が辿り着く以前からワサビ栽培が行われていたことを知ります。

そして現在の圃場のある場所に辿り着き、おじいさんはなにより水に惚れ込んだそう。

加え、水量や環境・地形などもワサビを作ることができるとおじいさんは決断し、移り住むこととなりました。

東栄町は、700mから1,000m級の山々が峰を連ねる森林に囲まれた町。起伏が激しく、平地が少ないため、広い面積でたくさんの農作物を作ることができにくい土地柄。

山城さんの圃場は、東栄町の中でも北部に位置する御園地区にある標高約600mの山の中。辺りは傾斜を生かしたお茶畑も見ることができます。

圃場の入口にある一部残る石垣は、移住する前に「新屋のわさび」として栽培されていた名残があります。

そこへ新たに石垣を作ったと言いますが、90年も前ですから全て人力の時代。

石は現地調達したもので、石を割り少しずつ少しずつ積み上げられたもの。

「おじいさんは石垣を積む技術もすごかった。セメント練りも砂利の大きさの調整もすべて現場のここでやった。

そうそうは崩れないし、今これをできる技術の持った人はいないだろうね。ありんこ1匹通れんぞと自慢していた」と笑みの山城さん。

山城さんの時代に入るとユンボを使って作るようになり、現在の全長80m近いワサビ田が完成しました。

圃場へ入るとすぐに足元には透き通った水が緩やかに流れ、植えられる前のワサビの赤ちゃんが出番を待ちます。

上を見上げると植えられている落葉高木のハンノキが木陰を作り、日差しを和らげています。

ワサビは寒さは大丈夫なものの暑さが苦手。こうした自然の木陰や遮光カーテンを棚田にかけ、やわらかな日光の光に調整するのも技術の1つ。

近年の夏の異常な暑さも、まだ標高の高いため大きな影響は出ていないものの、静岡の方は影響が出てしまっているそうです。

こんこんと湧き出る命とも言える水は山の水源から水を引いた湧き水で、水温は1年通して変わらない。

圃場の背にある大きな山々の切れ目の堀から水は流れてきています。

山々を巡ってきた水はミネラル分が豊富で、栽培に必要な量をまかなうことができ、雨が少ない時期でも水が耐えることはないそう。

こうしたすべての自然と寄り沿いながら毎日ここで作業をこなす山城さんです。

栽培方式は「畳石式(たたみいし)わさび田」と呼ばれる伝統的栽培方法。

もともと田んぼだったここに石で組んだ棚田の上から清流が流れ下っていく。

ワサビが植えられる田は、砂利の大きさ1つとっても、下層に大きな石、その上に小石を積み重ね上層に砂地を作り、水が染みながら流れ水はけの良い土壌となる仕組み。

常に安定した水量が流れるよう設計された1枚の田は、水に対しての幅や傾斜もすべて計算されています。

そもそも、こうした細かな設計もこの地の水や地形を知り尽くさなくてはできないこと。

受け継がれた石垣づくりの技術だけではなく、地形に合った栽培できる環境作りに至るまでには、広がる棚田の景色から想像もつなかいワサビ栽培の世界。

棚田や石垣を見ているだけでうっとりする美しさです。

高校卒業後、豊橋で2年程会社勤めをし、東栄町に戻り跡を継いで42年。

現在は山城さん1人で1年通して栽培から出荷まで行う傍ら、種の自家採取や育苗などすべてを圃場で行う。

子どもの頃から手伝いをし、幼い頃から自分はワサビ栽培をやるとずっと思っていたそう。

6月に種を取り11月に種蒔き、3月に芽が出て植えるを繰り返し、場所を変え時期をずらしながら約1年かけてじっくり栽培していきます。

品種はこだわり続けている「だるま種」。

「東栄町の水が品種の特徴を引き出し、辛みと旨み、そしてねばりがあるんだ」。

水のミネラルや山特有の気候の変化が、ここでしか作れない山城ワサビを生み出します。

栽培において大切にしていることは「いい品種を残すこと」と山城さん。

作業はほとんど手作業。

肥料・農薬は一切やらないため、草取りや藻を取るのも大切な仕事です。

水に浸かり、収穫したワサビを1本1本丁寧に洗いながら、専用の道具を使い注文に沿った大きさや本数を整えていきます。

素早く優しく作業する姿からもワサビに対する愛情が伝わってきます。

手の平にはかわいい大きさのワサビ。

「これは1回に使いきる大きさだ」。

こうした小さい大きさ注文も増えてきている一方、今まで注文の多かった大きいものが減ってきているのも時代の流れがあるのですね。

ただ、外食業界にも大きな影響のあった新型コロナウイルス感染症。

出荷が止まるなど大きな影響がありましたが、ようやく徐々に出荷が戻ってきたそう。

とはいえどんな時でも「植える量も変えていないので、大きさや量を注文に出せるようにしている」と自慢のワサビへの愛情の大きさを感じます。

数年前より新たな問題も…。猪や鹿といった獣害が増え対策に追われている。

「山に食べ物が少なくなって、冬に鹿がワサビの葉を食べてしまうんだ」。

圃場をネットで覆うも、最近ではネットを潜って入ってくるため、普段の作業に加えてワサビを守る作業が増えてしまっているのも仕事の一環になっています。

時代の変化と共にさまざまな問題も起きる中、

「自然と一緒に歩むことは良いことも悪いこともある。

その中、42年、ワサビのおかげで生活でき、ストレスなく仕事ができている。すべてはワサビが好きだから」と圃場を眺めます。

「ここは標高があるから静岡県よりも天候の対応が可能。山だからまだ栽培ができていると思う。山に感謝です。これからも健康でワサビ栽培を続けていきたい」と今日も水に浸かり、黙々と作業こなしていく山城さんの姿があります。

あとがき

標高600mの山を一気に上がり、広がる世界は山の恩恵を受けながらここでしか栽培できないワサビが作られていました。栽培環境をすべて手作業で作ったとお聞きした時は驚きました。そしてここに辿り着いたのは、山が生む惚れ込んだ「水」と「環境」があったから。景色を思い浮かべ、山城さんの想いの詰まったワサビを味わえ、自然の力も感じることができました。

山城さんが「ぜひ、食べてほしい!」と教えてもらったのが「ワサビ丼」。豊橋方面から東栄町に入る途中にある、JA愛知東東栄直売所の食堂で食べることができます。山城さんのワサビを、鮫皮おろしを使って香りを楽しみながら自分ですりおろし、おかかとねぎのかかったごはんにのせ、しょうゆをかけて食べるシンプルな丼ぶり。辛みだけでなく風味が楽しめる「ワサビ」が主役のメニューです。

お漬物・味噌汁付き 400円(税込)

JA愛知東東栄直売所

〒449-0216 北設楽郡東栄町大字三輪字中奈根82

営業時間 直売所 9:00~17:00、食堂10:00~15:00

TEL  0536-79-3343

定休日 水曜日・年始(1月1日~4日)

HP  https://www.ja-aichihigashi.com/restaurant/03.php

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