住井冨次郎商店 住井 一成さん
岐阜市に残る唯一の手作りうちわ屋
Episode1
鵜飼には欠かせない岐阜うちわ
鮎を巧みに捕らえるのは、鵜と鵜匠との絆。長良川鵜飼は、美濃和紙と同じなんと1300年の歴史があります。その伝統は現代に受け継がれ、あの有名な織田信長も愛したと言われています。
長良川の芸術を見に来る観光客の土産として重宝されたのが岐阜うちわ。
最盛期は年間147万本を生産していましたが、今ではこの住井冨次郎商店を残すのみ。
店主である住井一成さんは目まぐるしく変化する時代の中、30年間岐阜うちわを作り続けています。
会社勤めをしていたが、父の死をきっかけにうちわ職人の道へ。
「うちわ作りを始めた頃、一番大変だったのは一日中座っていることでしたね」。
うちわ職人である祖父と両親の姿を見ることが当たり前。母と他の職人からアドバイスをもらいながら、家にあったうちわ作りの道具と、記憶を頼りに技術を磨いていきました。
うちわ作りを全く知らないわけではなかったため選択肢の一つとしてうちわ職人を考えていました。
門前の小僧習わぬ経を読むとはこのこと。
毎日うちわを作り続ける真摯な家族の背中を何年も見ていたのです。
築100年以上の住井冨次郎商店には北は北海道、南は沖縄まで全国のお客さんとアジア圏を中心とした海外の観光客が多く訪れます。『新潟の一部地域では一晩で5mの雪が積もる。』『北海道では竹が生えない。』『柿渋は英語で“persimmon juice”』など。
「岐阜に居ながらにしていろんな地域を知っとるぞ!」。
柿渋は“柿ジュース”で通じるのかと驚きです!学ぶ姿勢と少年のような好奇心を常に忘れず、お客さんとの会話を楽しむ姿が想像できます。
「私にとってお客さんはみんな“先生”みたいですね」。
子供の頃引っ込み思案でしたが、次第に会話が出来るように。
「伝統工芸と聞いてお客さんに敷居が高いなんて感じてほしくない。」
商店の戸をくぐって、その言葉の意味が分かります。作業場の向かいにある椅子に“まあ座りなよ”と招いてくれる。親しんだ親戚の家に遊びに来たような感覚でした。
時々小学生が授業でうちわ作りの見学に来ることがある。真剣にうちわ作りを見る子供たちの目はきっと輝いています。最近小学校にエアコンが付き、下敷きで仰ぐことが無くなっています。仰ぐという動作を知らない子がいるということが衝撃でした。
「ジェネレーションギャップを感じますね…。プラスチック製のうちわしか知らない子もいるかも。」
だからこそ、子供たちにうちわの使い方を知ってもらい、実際に触れてもらうことを大切にしています。柔軟な頭を持つ子供たちに、思い出に残る体験をさせてあげたい。
見学に来ることが出来る岐阜の小学生が羨ましい…。
今では、小学生の頃に商店に見学に来たと言ってくださるお客さんがいます。
「それだけ年を取ったのかと思いますけど、もう一度足を運んでくれる。こんなにうれしいことはありませんね」。
Episode2
薄くて良質な和紙“美濃和紙”とうちわ職人の技が出会って生まれたのは3種類。
①雁皮紙というありえないほど薄い和紙を使った透き通る水うちわ。
繊細で美しく、透かして眺めるとガラスかと間違えてしまうほど光を通す。
②うなぎ屋が愛用する火おこしに使われる和紙に渋柿が塗られた渋うちわ。
持ち手が滑らかで柔らかく、すっと手になじむ。
③驚くほど耐久性が強く、つやがある塗りうちわ。
すかし絵が入っているものもあり、鮮やかな赤色が印象的。
視覚的にも涼を取ることができ、職人の魂がこもっているからこそ室町時代から人々を魅了。3種類を仰ぎ比べてみると、風量と風のしなやかさが違っていて面白い。
Episode3
出来上がったうちわは我が子のよう。
「100本あったら100本とも同じ品質を心掛けて丁寧にコツコツ作るようにしています」。材料になるのは1本ずつ厚さ、しなやかさが異なる竹。それぞれのクセを確かめながら成型していくのでどの工程も気が抜けません。
竹は育つ場所、季節によっても善し悪しが生まれます。時には岐阜にある竹林に足を運びます。竹を伐採してくれるボランティアの方から直接教わりながら竹選び。材料は妥協せず、そこまでするなんて。
「皆さんのおかげで良いうちわが出来ます」。
和紙も竹も職人自身も岐阜で生まれたうちわ。
「同じ竹は無いけど、同じ品質のうちわをお客さん1人1人に届けたい」。
1本1本のうちわに丁寧に向き合い、お客さん1人1人を想う真心がうちわを作り上げる。
最近では会話をしなくてもものが買えるようになりました。
「ネットショッピング、コンビニエンスストアで“これはどこ産ですか?”と、店員に聞きませんよね」。
「ただうちに来て、写真だけ撮って通り過ぎていくのは悲しい」。
ネット社会により便利になる一方、失われている日本の良さ。
こんな時代だからこそ、お客さんと会話をし、作り手と使い手の繋がりを大切にしています。
夏の暑い日でもエアコンと扇風機は使わないのは、うちわの糊付けが上手くいかないから。30度を超えない日はないくらい温度が上昇している中での作業は厳しいに違いありません。
それでもうちわを作る手を止めない。
「気軽に岐阜うちわを手に取って、うちわ作りのありのままを見てほしい」。
鵜飼が行われる時期は休み無く商店を開けます。なんとたった1人で年間5000本ものうちわを作っています。
「少しでも多くの人にうちわを届けたい」。
その言葉の裏には、計り知れない苦労があります。岐阜うちわ職人住井一成さんは、一生使いたいと思ううちわに出会わせてくれます。
Episode4
あとがき
川原町通りには駐車してある自動車や工事用の鉄骨が似合わない。
古い民家には色が変わった木材が使われており、歴史を感じます。通りにある築100年以上の住井冨次郎商店の戸をくぐると、子供の頃にタイムスリップしたような懐かしい気持ちになります。
うちわに塗っていた漆の匂いが新鮮。竹を削る音は休むことが無く、流れるように動く手元に注目してしまう。
「風が柔らかいと感じたことがありますか?」と言って手渡してくれたうちわで仰いでみると、頬を撫でる風が本当に“柔らかい”。
岐阜うちわとお客さんを想う心がたっぷりしみ込んだ住井さんのうちわ。体は涼しく、心は温かい。こんなにぬくもりを感じる心地よい風を作り出す人は他にいません。岐阜うちわに込めるのは、お客さんや竹の伐採をしてくれるボランティアの方を始め、うちわ作りに欠かせない道具職人の方々への感謝。そしてお客さんの手に渡る、うちわたちへの愛情です。
SHOP INFORMATION
店名 | 住井冨次郎商店 |
住所 | 〒500-8009 岐阜県岐阜市湊町46番地 |
電話 | 058-264-4318 |
営業時間 | 朝7時~夜9時 ※鵜飼期間中(5月11日~10月15日) |
休業日 | 無休 ※鵜飼期間中(5月11日~10月15日) |